九重連山の東方、黒潮海流が豊後水道へ流れ込む場所に位置する港町、大分県臼杵市深田にある国宝臼杵石仏は、切り立った丘陵の崖面に彫りだされた磨崖仏としては日本で他に類を見ることのできない高い彫刻技術で彫られ、古園石仏群・山王石仏群・堂ヶ迫石仏群(ホキ石仏第1群)・ホキ石仏第2群の四群からなる全60余体と質、量の面でも日本最高峰の古代石造彫刻の里です。
『石仏は何を語るか』の著者(故:宇佐美昇)の実家の茶店(現在の石仏観光センター)は昭和元年に創業して、ここを訪れる観光客に臼杵石仏の観光案内を行いながら現在で約80年になる。同店の初代(宇佐美辰治、以下辰治)は、以前臼杵石仏の近く現在の国道502号線で理髪店を営んでいましたが、もともと信仰心が強く、石仏を訪れる人々に石仏の道案内などをしておりました。当時は現在の様に舗装した道路もなく、地元民意外、石仏を知る者もほとんどなく、昼間も日の光が届かないような藪の底に沈んでいました。
戦後高度成長とともに現在のように臼杵石仏が全国的に脚光を浴び毎日のように参拝客が訪れるようになりましたが。同店に残っている記録によると、きっかけとなったのは明治43年に京都帝国大学理学博士小川琢冶氏(ノーベル賞受賞の湯川秀樹博士の父)が大学の講義の中で「中国の磨崖仏が大変すばらしい」との話をしたところ、臼杵出身彫刻家日名子実三氏の友人が生徒の中におり大分県の臼杵に行けば磨崖仏は沢山あると博士に申したそうです。これを聞いた博士が石仏の里臼杵を訪れたのは数年後の大正2年8月のことでした。
当時、毎日石仏へお参りしていた辰治とそこで偶然出会い石仏と博士に周辺の案内をすることになりました。そこでカマを持って藪を切り開きながら博士をご案内したそうです。そのとき博士は終始「素晴らしい」を連発して、感激しつつ初代に向かって「この磨崖仏は必ず世に出ます。散髪屋さんは年をとり目がうすくなるとお仕事が大変です。今のように石仏をお守りしながら茶店でもしたらどうですか」と話したそうです。
翌大正3年から博士は二度にわたり県や市を通じて大分県地方の磨崖仏の本格的な調査を行い学会に報告して、以後臼杵石仏がだんだん全国的に知られてくるようになりました。つまりこれが長年風雨にさらされ近隣住民の信仰の対象として以外は何の行政的な保護を受けることのなかった臼杵石仏の夜明です。辰治は、のちに博士以外にも色々な方々からの勧めもあってここで茶店をやるようになりました。
普通石仏と呼ばれる物には2種類あり孤立して持ち運びできる物を単独石仏と呼び。もう1つは天然の岩壁を利用して、岩に直接彫った物を磨崖仏といいます。磨崖仏にも線刻・半肉彫・厚肉彫・丸彫りとの区別があり、臼杵石仏はいずれも丸彫りに近い非常に高度な技術の必要な物です。
なぜ臼杵でで木彫りのように精巧でしかも60余体もの石の彫刻群が出来たか、その理由の一つには、この地方一帯は太古の昔阿蘇山の大噴火によって堆積した火山灰から生じた阿蘇溶結凝灰岩という軟質の岩盤に覆われている。やわらかく彫刻に適している反面、大変損傷がはげしいのも特徴です。しかし、風説にさらされ自然の中に佇む姿はチベットの砂曼荼羅を髣髴とさせるように、お釈迦様の説く無常観を感じさせてくれます。誰が何時ごろ造ったのかということははっきりした文献が残っていないため明確な年代は出ておらず、建立の所以は今尚謎のベールにつつまれていますが、大体平安末期から鎌倉にかけて彫られたのではないかといわれています。伝説ではこの地方を治めており人々から「真なの長者」と呼ばれた豪族が我が子の死を悼み遠く中国より蓮城法師を呼んでここに大磨崖仏群建立を行ったとされております。当時岩肌に彫られた磨崖仏には全て着彩が施され、その色は1000年以上も経た今も褪せることなくきれいに残っています。
京都帝国大学教授、理学博士小川琢治氏によって認められその後幾十年もの年月をかけ調査・ 保存修理のが行われるが、永い間頭部が落下し胴体の前に安置されていた古園石仏群の中尊大日如来の頭部が復位するべきか否かの大論争の末、1993年8月25日、本来の姿に近い状態に復位され、2年後の1995年6月15日に59体の磨崖仏が石仏としては我が国ではじめて「国宝」の指定を受けました。
著者 故・宇佐美昇は父の後を継ぎ半世紀以上の石仏の案内人を勤め 臼杵石仏管理運営委員長・臼杵石仏監視員・大分県観光ガイド専門員などを歴任し深く臼杵石仏と関っていくうちに物言わぬ石の仏たちが建立から永いときを経てもなお私たちに語りかけているそのかすかな呟きを感じ・考え・書きとめてきたものです。この本は昭和61年に書かれたものです。この本を書いた当時とは現在時代背景など大きく変化しておりますが。著者の意向を尊重して、ほぼ手を加えず原文のまま公開しております。このサイトを見ていただくことによって一人でも多くの方が臼杵石仏に興味を持っていただきまた足を運んでいただければ幸いです。
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